キングダム587話のネタバレ考察です。
実は昔ソーシャルキングダムという企画がありまして、それに参加しました。
ひとりひとコマ、1000人でキングダム26巻を描きあげるという企画で、有名人や漫画家さんなどが参加してました。
ぼくのコマはなんと19位入賞で、記念にソーシャルキングダムの漫画を頂きました。めっちゃ嬉しかった。 pic.twitter.com/NzAlvw16SA
— 松(A・TYPEcorp.)C95三日目東K16ab (@atype55) 2019年1月10日
ソーシャルキングダム欲しすぎる。荒木飛呂彦、井上雄彦、尾田栄一郎、岸本斉史、本宮ひろ志らそうそうたる先生方がキングダム描いてます。オークションにも出ていません。
前回586話では、王賁と尭雲の戦いが一応決着。討たれたかどうかは置いておくとして、王賁は馬から落ちジ・エンドに見えましたが、側近の関常は諦めず、信たち飛信隊に望みを託し、かすかに息のある王賁を連れての一時退却を狙います。
キングダム587話
まず結論から申し上げると、王賁(おうほん)は死なないです。(一応まだ生死をさまよっていますが、完全に生存ルートに入りました)。
なぜこんなことを言うのかというと、583話で「王賁は討たれる」と明言され、死が一応約束されていたからです。(現代国語では討たれる=死)しかし彼は死にません。その矛盾回避の論法を考えてみます。
討たれる=死じゃなかった件
①信が手当てする瀕死の王賁を訪ねた際、側近の番陽が、何度も王賁の心臓が止まりかけていると表現。一度心臓が停止してからの復活であれば、一旦は死んだ=討たれたものとして解釈することは可能。
②秦と趙の時代では「討たれる」は戦闘不能の意であって=死ではない設定。あるいは現場では戦えなくなったら討たれると言っていた。
③読者をハラハラさせるためにちょっとだけ編集の方が張り切り過ぎた
④秦右翼部と戦う、趙左翼部の間で「王賁を討った」とガセ情報が流れる。
こんなところですかね。
キングダムは面白い
厳密な話をすると、討たれるといったのに割とあっさり生存してるのは正直ちょっとだけ苦しいです。
しかし!
キングダムは歴史ファンタジー漫画ですし、何より面白い漫画なので、細かい事や野暮な事を言っても仕方ないのかなとも思います。ということで私は王賁が死なないで今は安心しています。
趙峩龍と尭雲に仲間割れフラグ
奇策で王賁に奇襲をしかけたのは尭雲です。尭雲は王賁を担いで去った関常を追跡を諦めますが、「王賁は死んだ」としてその場を立ち去ります。
朱海平原の戦いにおいて、趙峩龍軍は既に王賁は死んだという前提のもの指揮をとっているので、万が一王賁が戦線に復帰して戦況に影響があれば、尭雲と趙峩龍は「おめえ死んだって言ったじゃねえか」「うるせえな死んだと思ったんだよ」みたいな争いをしてしまうかもれいません。
玉鳳隊の犠牲
宮康(きゅうこう)松琢(しょうたく)という、千人隊の頃からの仲良し兵士がいるのですが、宮康の方が王賁を逃がすために犠牲になってしまいました。
ちなみにこの二人どちらが宮康で、どちらが松琢なのかイマイチはっきりしていなかったのですが、死の直前にふっくらした方が宮康、マスクしたほうが松琢であることが分かりました。
モブキャラは命を犠牲にしないと自己紹介できない過酷な運命にあります。
信は玉鳳隊のキャンプ地へ
王賁は面会禁止状態ですが、軍医とは違う治療スキルを持っている羌瘣(きょうかい)を連れ、王賁の元を訪ねます。ワラにもすがるような行為ですが、少しでも生存の確率が上がるならば、何でもやってみるべきですね。
信がここに来た理由はもう一つ。
朱海平原の戦い14日目に勝利するための話し合いも兼ねていました。玉鳳隊の皆が戦いを忘れ主の心配をする中、あくまでクレバーに大局を考えるとは、さすが主人公の信、どてらい男です。
588話
決着まであと二日と作中のナレーションであったので、翌日に信のがんばりで健闘して、最終日に王賁が何らかの形で戦線に復帰するのかなと予想しています。王翦(おうせん)の介入を期待していましたが、ここまでくるともうないかもしれませんw
王賁は作中では生死さまよってますが、メタ視点で考えると、もう大丈夫だと思います。この戦いで信に借りができてしまいましたね。仲良くなってくれるよう願います。
あとやりたい放題していったように見える尭雲ですが、利き腕は王賁によってオシャカにされてしまいましたし、自慢の十槍も4人失いましたので、これは今後の戦いに影響があるでしょう。588話楽しみです。